【小説】もう体は洗いません
体を洗わなくなってからもう10年以上は経過しています。
「待って下さい!違うんです!」
バスタイム、自分でボディータオルで体を洗っていないというだけです。
体を洗わなくなったのは、私たちが家族年収1000万円以下のマス層から、年収3000万以上のアッパーマス層、5000万円以上の準富裕層を通り越して一気に年収一億円以上の富裕層にジャンプアップした10年前くらいからでした。
この時都内の築30年のマンションから当時話題になった最新設備を搭載したタワーマンションに住み替えました。
新居で最も画期的だったのがバスルームでした。
まずバスルームの空間は浴槽サイズになりました。浴槽のスペースで全てが完結してしまうんです。出回った初期のころからアッパーマス層の家庭でも導入する人が出てきたのは省スペースのおかげに違いありません。
うちは、そこまでバスルーム優先というわけではありませんでしたが、富裕層になる前から“終身前+入浴=快眠”の知識は持っていて日々意識して実行していたものの、年をとりにつれて段々寝る前に入るのがおっくうになっていたので助かりました。
日本だと浴槽はずっとお湯を入れて温まるのがメインの目的でしたが、そこは維持しつつ外国の泡ぶろ機能を追加した感じです。
入浴のプロセスはと言うと。
空の浴槽に足を入れた瞬間泡が一杯になります。
泡はホイップクリームのようにきめが細かくて手のひらに乗せて見ているだけで幸福感が爆上がりです。全身に絡みついて染み込むような不思議な感覚に溺れていると、ブラシが動き始めます。「もう少し優しく洗って」と言うと「このぐらいでどうですか?」と対話しながら洗ってもらえます。
高級ホテルとかにあるもっとリッチな機種になると思っていることをAIが察知して洗い方を調節してくれます。これがすごくて一回の使用でもちゃんとベストな洗い方をしてくれるんです。特に赤くなったりしていなくても、痒い所はピンポイントにゴシゴシ洗ってくれたりです。
AIはもはや人間の表情を読み取るというレベルはとっくに超えています。筋肉の緊張とか心拍数、呼吸の状態で快不快を巧みに判断しモノ言わずともご主人様の望み通りの結果を熟知してその通りに動いてくれるんです。
うち位の機種でも今日は頭を洗いたくないから「今日は頭はいいや」なんて言うと「もう3日も洗っていません。3倍速で洗います」とか意志と違う選択までしてくれるんです。臭いとかでも判断してるみたいでさすがに3日となるとこのやり取りになります。
洗い終わると泡が消え今度は即効でお湯が一杯になってジャグジーに変わります。水圧もリクエスト可能です。いつの間にか体の泡はキレイになっていてお湯も綺麗です。
最後はゆっくりつかりながら一日を振り返るここは風呂のグレードに関係なく以前と全く変わっていません。「全てが満たされた幸福な一日ありがとうございます」と感謝の言葉が風呂のお湯と一緒に溢れ出て止まりません。