【小説】私のバースデー
「本当に来てくれたんだ!」
「午前中香港だったからちょうどよかった」
「香港なつかしい!中学の時だっけ行ったね」
「土砂降りで喧嘩になって大変だったね!」
「そうそう」
「もう二度と行けないなんて話してたけど、今週は日帰りで3回目」
「ロンドンから週3回!」
「今月はグアテマラの出張もあるから10回使える」
「ただプライベートで使えるのは月1だよ」
「今月は今日家族で使っちゃった」
ちなみにジェットは飛行機ではない。
ドラえもんのどこでもドアが一番近いイメージだ。
どこでもドアはドラえもんがいなければ持ち運びは簡単じゃないけど、ジェットはその点が便利。スマホさえあればどこでもテレポートできてしまう仕組み。
ただ1回で100万円以上だから庶民にはとても手が届かない。
「私たちは今月は久々にシェウエンに行く予定」
「青の街!いいね!」
私たち夫婦は投資と印税でジェットが月1回くらい使えるまあまあ裕福な生活を送れている。
「おばちゃんお誕生日おめでとう」
「お母さんおめでとうございます」
日本なら小学6年生の孫の美斐とお嫁さんが花束を持って近づいてきた。
「エメラルドグリーンのバラなんてあるんだ!」
「お花に使えるスプレーでペイントしたんです」
「おばあちゃんが好きな色でしょ」
「ありがとう覚えててくれたんだね」
「花瓶あったかな?」
「枯れないスプレーもしてあるからいりませんよ」
「あっそうだった!うちは花とかは買わないから」
「とりあえずこのままテーブルに飾りましょう」
今日は2041年4月7日。
私の71歳の誕生日。
ロンドンに住む息子が家族でかけつけてくれた。
17日の旦那の誕生会も兼ねているから、ハウスを湘南の海上にムーブさせてきた。
旦那はサーファーではない。
でも小学校の時に数年住んだのがきっかけにで藤沢市をこよなく愛している。
「ハウスを移動させる!?」
これも10年前からはそういう住宅のあり方が可能になってきた。
海上は家をステイさせる場所として一番シンプルで港とか漁場以外だったら大体自由度が効く。
陸地ならBiBleマップでしっかり検索して早い者勝ちで場所取りする感じになる。
電力消費を覚悟すれば高さ制限もない。高ければ高くなるほど電気代がかかることになるのだが、花見のシーズンは隅田川の川辺よりは20m上空くらいが人気だ。川辺はやはり昔からの青テントの印象がムーブハウスを持つような富裕層には受け付けないのだろう。
360度ガラス張りのリビングのテーブルに置かれた、1m四方のバースデーケーキの横にパステルグリーンのバラの花束を飾った。
今日はいい天気、江の島の後ろに見える富士山に目が奪われ一瞬意識が遠のいた。
下の広大なバルコニーで夢中で撮影する旦那の後ろ姿にイラっとした。
この瞬間だけは20年前と全く変わっていない。
背筋に冷たい風が走った。。